top page
       
研究ノート「都市のインテリア」  
 
       
   
  002 「境界を飾る」 Decolated boundary           「人間家族展」より
 
   公私の境界には、通常垣や塀が-垣 [Fence] は所有権や内外の仕切りとして、また塀 [Wall] は、所有権や用益権の表示、人や動物の侵入防止、他からの視線の妨げ、防音・防火などのために(建築大辞典縮刷版・彰国社)-設けられる。しかしそれらには、機能を超える意図も感じられる。生活者の個性つまり自己表現、街づくりへの意識などである。結果として街には、独特の風情、情緒が漂ってくる。
 この例は尾道で体験した境界。細街路と住宅の境界は黒い板塀に、相応の年月を費やして蔓性植物が全面を覆っていた。細く長く窮屈な、不安感さえ感じる路地が、趣むきのある上品な空間に仕上がっている。歩きながら、手で触れるほどの近接した境界は、正面に見えてくる屋敷の裏門へ向けて高揚感を増幅させ、歩く人をその優しい表情で導いてくれる。

尾道細街路に面した住宅の境界
   
   経済成長の過程で衣食足りた後に、「魅力的な街並みとは?」と問題提起されて久しい。ブロック塀は都市美議論以前の街並みを象徴する工作物である。都市空間にあって権利とプライバシーと安全を保ち、私的な狭小敷地を最大限活用するために、廉価で施工しやすいことと合わさって造られてきた。それは同時に、公的空間を私的空間と私的空間の殺風景な“隙間”へと変容させていった。生活者は内を向き、個を豊かにすることに没頭していった。
 しかし街は少しずつ変わってきている。アメリカの住宅地のように垣や塀をなくし、前庭を公的空間化するのはまだちょっと無理ではあるが(なぜだろう)、設けた垣や塀の街路側を意識的に装うようになった。つまりブロック塀が低くなり、素材を変え、彩を増し・・・心地いい、豊かな表情を持った多様な境界が増えてきている。

 市街地のブロックべい
 
   このスタディーで見かけた街の境界には、歩く人を退屈にさせないよう配慮したものが数多くあった。例えば右の例では、質感の対比が美しい。生木の濃い緑の柔らかな表情を、化粧ブロックと石組みの安定感が支え、全体として引き締まった清潔感を与えている。

塀と生垣が合体した境界
 
   以下は普通<迷惑施設>と呼ばれているものの境界二例。

緑化された工事用仮囲い
 ほこりっぽく殺風景になりがちな工事現場に、垂直な植栽を施し、歩く人にオアシスのような安らぎを与えている。これからもしばらく工事が続くけど悪しからず-ということでしょうね。

壁画のある拘置所のへい
 「親しみのある拘置所」という難しいテーマに取り組んだ、広島の街を代表する屋外アートのひとつ。担当された画家は最近、病苦をおしてリニューアルを施された後に亡くなった。高さは4~5メートルあるだろうか、理由あって他を拒絶する存在感も、ストーリー性のある壁画によって歩く人を楽しませる機会に変わる。


工事現場の仮囲い


拘置所のへい
  境界を趣味化した境界
 木製の垣根の前や上にぎっしり並んだ鉢植え。店主兼ガーデナーのサービス精神から受ける心地よさが、歩道にはみ出す不快感に勝てばOK。
 
 
市街地に建つ飲食店の生垣
 
   
 
インテリア装飾をもてなしと個人的趣向のための自己表現とするならば、境界を装飾することは、街づくりへの貢献と公的空間と折り合いをつけるための自己表現とも言える。美しくよそおわれた境界は、都市空間において人が行動する周辺環境として輝きをもっている。都市にインテリアが存在すること、まさに表情豊かな「都市のインテリア」ではないだろうか。

  C.アレクザンダー「パタン・ランゲージ」 からのコメント 
254 縄張り表示 EXPRESSION OF TERRITORY 
 確かパターンランゲージは253までではなかったですか?その通り、だからこれはアレクザンダーも気がつかなかった番外編です。縄張り表示といえば鉄条網、鉄条網という戦争映画と西部劇では準主役を務める<人類負の遺産>のひとつ、侵入者阻止のためとはいえ害意むき出しの表現力にはドキドキします。戦後の呼ばれた時期は町は空地だらけ、鉄条網よりは気が休まるしモダンだし-という役回りで、ブロック塀が復興景観形成の準主役を務めていました。ブロック塀は手入れが要らないし、人を傷つけないし、野球少年、サッカー少年の忠実な練習相手も務めました。空地が減るに従ってブロック塀も自然減、今日町には大切なものを囲う塀しか要らないわけですから、大切にデザインしたいですね。
 
                              return  
 
 
日本インテリア学会中国四国支部